歴史に残る名店がその幕を閉じる。
一代で築き一代で消える星。
その存在の大きさ、影響力を思うと私には閉店することが今だに信じられないが
店はなんということもなく普通に営業を終える。
40年以上、驚くべき「普通さ」を持って頂天に輝き続けてきたように。
知らぬ人は蕎麦屋とも気付かず通り過ぎてしまうであろう
慎ましき外観。

別に何も隠れていない。
駅からの大通りに面して非常にわかりやすい立地と言える。
しかしこの凄みすら感じるほどのさりげなさは何だ。

私はこの眺めを「完璧だ」と思う。
そのあり方全てが完璧だと思う。

店内もまた然り。
私が愛してやまない「手打そば こいけ」の景色。

日本映画の監督が見たら涎を垂らして欲しがるに違いない、
飴色の時間が流れている。

私はこの店のメニュー書きが大好きなのだが
今回はじめてそれが店主の手によるものと知って驚かされた。
素朴で誠実な、実に良い文字だ。


メニューの書かれたこの和紙がまたいい。
私は和紙には詳しいのだがさすがは「こいけ」だけあって埼玉の和紙だそう。
「そばがき」

お湯の中に身を寄せ合う、クラシックなコロコロスタイル。
このシンプルな器も大好き。

ほわーんと香る誠実な蕎麦の香り。
とろける肌に浮かぶ蕎麦粒子たちに思わず目を奪われる。
もったりモチッとした食感で
味わいもまた誠実な印象の、一歩控えた王道の蕎麦の美味しさだ。
一枚目に来たのは
「田舎」

窓からの自然光の中で眺める「こいけ」の「田舎」。
私は茶室や寺院で感じる精神的な美しさを
この景色にも感じずにいられない。
世界に誇りたいこの眺め!

素朴なたくましさとやさしさを併せ持つ太打ち。
その肌に浮かぶ蕎麦粒子にみとれつつたぐりあげると・・・
うわー!野菜みたいなフレッシュな野生溢れる香り!
なんですかこの、葉物野菜のようなじゃがいものような爽やかな野生と
トウモロコシのような甘い爽やかさは!!
よくあるトウモロコシ系の香りは加熱した香ばしいトウモロコシの香りだが、
こちらは生のトウモロコシ+新鮮な生の野菜のような爽やかな野生の香り。
こんなに太打ちでしっかりした蕎麦ながら
噛みしめるとむっちりと余裕のコシがあり硬さはゼロ。
全体の印象はむっちりなめらかにやさしい。
フレッシュな野生の香りとじんわりした甘みに酔い、
絶妙過ぎる食感に酔い・・・
ああああああ
私はどれだけ「こいけ」が好きなのだろう。
愛が溢れて止まらない。
「せいろ」は「天せいろ」にしてみました♡

キャー(≧∇≦)
なんて美しい緑!!

いかにも気持ちよさそうに自然に笊の上にひろがる輪郭線。
こちらも野菜のようなフレッシュな香りだ。
しかし田舎と違ってこの「せいろ」は甘さのないシャープな野生。
ふんわりふっくら、やさしいむっちり感。
味わいはすっきりで野生の香りが鼻腔を抜け
「これぞ王道の、最高に美味しい蕎麦だ」と思わせる揺ぎ無い世界がそこにある。
なんでもなさそうなふりをしてヒョイと頂点に連れて行かれるこのニクさ!!
もうもうかっこよすぎますよ、メロメロですよ「こいけ」さん・・・(T_T)♡

「こいけ」は天ぷらも素晴らしい。
ものすごくナニがナントカというのではなく
全体にジワジワやたらにおいしい。
程よくぱりっとした薄衣に閉じ込められた素材の味わい。
天ぷらって素晴らしいご馳走だなあ〜〜
本日の「変りそば」は「けし切り」。

蕎麦の香りを嗅ぎたい一心の蕎麦犬としては
普段変わり蕎麦に対する関心は薄めなのだが
芥子切りは好きな変わりそば。
しかも「こいけ」の「けし切り」は特別なんですよ・・・

これがまた美味しすぎて困っちゃうんですけどーー!!
「こいけ」の「けし切り」は反則的に美味しすぎる。こんなのありえないでしょ!!
豊かなオイリーな香りに加えて私の目に星が飛びそうなほど華やかなこうばしさがある。
食感はさらしなのようにちょっとプルプルしていて
平打ちなのでそれがヒラリヒラリと繊細にめぐる心地よさ。
あ”〜〜〜〜〜〜!!!
もうもうもう、この愛をどうしていいか・・・
9月末で閉店なんて・・・
「そばがきの天ぷら」

なんと前代未聞の事件発覚。
涙にむせびながら三種類の蕎麦に耽溺している間に
「そばがきの天ぷら」はひとつも食べないうちに無くなってしまった!!
普段ならショックを受けそうな私だが今日は全然いいんです、
そのくらい私は「こいけ」での最後のひとときを最高に楽しんでいるんです・・・
(私も大人になったものだ(≧∇≦))
例によってここまで一度も蕎麦汁を使わなかった大悪党の私だが
蕎麦湯と共に大好きな「こいけ」の蕎麦汁を味わう。
少し濃いめの、キュンとした上品過ぎない汁。
うーん美味しいなあぁ〜・・・としみじみ感じさせられる「上手さ」だ。

「こいけ」の「超越した普通さ」。
蕎麦もおつまみも外観も店の雰囲気も、
全てが私には「何をどうしたらこうなるのか」と不思議でたまらなくなるほどの
普通そうな超越っぷりである。
ついでに言うと店主の人柄も姿も。
(言っちゃった!!大ファンなんです(≧∇≦))。
そんな超越店主に今日の蕎麦の産地を尋ねると
数年前の大ヒット作に私が方方の店で大感激して以来ファンになった産地を答え
「なんかヘンだったね・・・ヘンな蕎麦だよね・・」
と若い人のように素朴に言う店主。
ええ?
ああ〜〜確かに!
あの野菜っぽさは変っていると言えば変わってるし
ここでもかつて食べたことのない個性的な蕎麦だったけど
それがまた超越して美味しかったのだからすごすぎる。
働き者の奥さんもまたしみじみと素敵な方なのだが
9月末日で閉店することもこの店主夫妻にとっては事件でも悲しいことでもないらしい。
閉店後時間ができるのが今から楽しみで仕方ないとニコニコしている。
たくさんの人に愛された時間が、あと少しで終わる。
最後まで普通そうに頂天に輝き続けた「手打そば こいけ」という星。
私も騒がず悲しまず、穏やかな気持ちで秋の空高くに見送りたい。


2013年6月の「手打そば こいけ」
もう日程的に残念ながら最後の訪問は叶いませんので、この店に行くといつも抱いていた「別格は格別」という個人的感想も、永遠に封印しようと思います。
>「こいけ」の「超越した普通さ」。
>最後まで普通そうに頂天に輝き続けた「手打そば こいけ」という星。
まさに、まさに・・
メニューの構成、その他色々ですが修行元の「一茶庵」を色濃く残してはいるが、そこにあるのは完膚無きまでの「こいけワールド」
かく言う私も蕎麦を意識して食べ歩くようになった時「お蕎麦ってこんな香りなんだ!こんな甘さがあるんだ!・・・」色々と楽しく勉強させてもらったお店の一つです。
無礼失礼を承知で書いてしまうが、御本家の色を遠慮するが如くに外すことなく作られる品々、目に見えぬ精進を重ね御本家を遙かに凌駕する品々を供する、昔の職人そのままの姿。
師匠はいつになっても師匠、わきまえてはいるが、きっと気付かぬうちに師匠を超してしまったのだろう・・
悲しいことだが
きっと私の心の中では
永遠と輝く名店
出会える時代に居たことに感謝
そして
フェードアウトしてしまう「こいけ」に
ありがとう
っと 一言
別格、まさにふさわしい言葉ですね。店は閉店しても思い出はみなさんの心の中で静かに輝き続けますね!
(どなたかわからず申し訳ありません。お名前を書いていただけると助かりますm(_ _)m)
而酔而老さま
素晴らしいコメントありがとうございます。
読んでいて私もあらためて思い出に浸り、しみじみ感無量となってしまいました(;_;)
>この普通の極みを一度も体感せずに。こいけさんを味わえず終わってしまうのはあまりにもったいないと今強く思っています。
まさに、まさにその通りだと思います。
雨後の竹の子のように増殖している蕎麦屋さんですが、あくまでも私の私見ではありますが、その多くは「蕎麦屋」の本分を置き去りにしている気がします。蕎麦屋である以上「蕎麦」を美味しく! っと、そういう姿勢でいて欲しい気がする。
かく言う私は「蕎麦屋」=「心地よく酔えて、美味しい肴、そして美味しい蕎麦を食せる場所」と思っております。
「こいけ」さんの隠れ蕎麦前(酒)も、尋常ならざるレベルのものもあり・・・
そして〆の蕎麦の美味しさも言わずもながらですが。
消えて行ってしまう名店 幾つもありました 行きそびれたお店・・
力まず、力まず、普通にそんな蕎麦屋さんと出会えると一番かも知れませんね。
私もかつてそういうお店ありましたよ〜
行かれないまま終わってしまい寂しく思い出すたび、そのぶん今の目の前にいるお蕎麦を精一杯愛そう♡と立ち直ってきました(≧∇≦)
而酔而老さま
私はお蕎麦屋さんに関してはユルユルの甘甘なので定義とか好みとかは後回しでとりあえず皆殺しならぬ「皆愛し」なのですがやっぱりそりゃー「好きの温度」に差は出てきます。お蕎麦が美味しくてお店で居心地がいいと飲まなくてもぐでんぐでんに酔ってしまいます〜(≧∇≦)/