2012年05月15日
一番会いたかった人
実家に帰る度に気にしていた家がある。
小学校低学年の頃の一番の仲良し、ワタナベくんの家。
色白で整った綺麗な顔立ちをしたワタナベくんは、アニメの一休さんのようなマルコメ頭の、それはそれはかわいい男の子だった。ガラスケースの中の日本人形のような。
対する私は学年の中で飛び抜けて一番背が高い「ワンパク坊主のような女の子」。外でばかり遊ぶので真っ黒に陽に焼けて、膝小僧はいつもみっともないほど絆創膏だらけだった。とてもここには書けないが「山猿」を最悪の形で英訳したような不名誉なあだ名までつけられていた。
ワタナベくんの家は古い立派な日本家屋で、広い庭には竹藪や温室があり正に遊びの宝庫だった。見た目も中身も男の子のようだった私は、ワタナベくんと二人でカマキリやクワガタ捕り、カエルの卵捕りなどに熱中した。他にどんな遊びをしたのか覚えていないが、ワタナベくんと遊ぶのがものすごくわくわくして楽しかったことだけは今でも覚えている。
私の家は帰っても留守がちであったのだが、ワタナベくんの家にはいつもお母さんとおばあちゃんがいた。ほっそり色白で朗らかなお母さんはいつも必ず手づくりのおやつをくれたし、着物姿が絵のように似合う優しいおばあちゃんは私達の遊び相手になってくれた。私のことも孫のように可愛がってくれた。
そのワタナベくんの古い家も10年ほど前に壊された。2階建ての快適そうな綺麗な家に建て替わり、楽しかった広い前庭は大きな駐車場になった。ワタナベくんのお母さんと私の母が同じコーラスグループに所属しているため、お母さんを通じて、何年か前にワタナベくんが結婚してその家に家族みんなで暮らしていること、その後楓(かえで)くんという男の子が生まれたことも聞いていた。結婚式の写真入りの葉書も見せてもらい、これまた大変美しいお嫁さんだったので、楓くんもきっと可愛い子だろうなと思っていた。
前置きが長くなったが、今日の昼間のことだ。
久々に実家に帰った私は、ワタナベくんの家を過ぎたあたりで小学校3年生くらいの男の子に出会った。何か棒を持って、そこら中の壁をなぞったり他所の家の駐車場の車の裏へまわったりしてなかなかこちらへ進んでこない。子供は可笑しいな、とその子の顔を見て私は棒立ちになった。
「ワタナベくん!!!」
マルコメ頭でこそないが、涼し気な目元にきゅっとしまった小さな口元、日本人形のように整った可愛らしい顔立ちはまさにワタナベくん。年の頃も私が仲良しだった頃のワタナベくんそのままだった。「この子は楓くんだ」と確信した私は、遅々として進まない男の子の10m程後ろを怪しく尾行した。傍から見たら不審者そのものだ。するとやっぱり、男の子はワタナベくんの家の大きな駐車場に入っていく。でもそれも彼の遊びの一環かもしれないし、まだ楓くんという証拠はない。
私がいつ声をかけようか迷っているうちに男の子の姿はふっと見えなくなった。慌てて見渡すと、家の玄関脇で立小便をしている。私はますます可笑しくなった。礼儀として近づかないようにしてそれが終わるのを待ち、終わった頃に近づいていった。小さなワタナベくんは車の影で子猫のようにこちらを見ている。
「あなた、楓くん?」
小さなワタナベくんは礼儀正しくハイという。
そう、ワタナベくんも礼儀正しい子だったなあ。
私は不審者と思われないためには何と言ったらいいのか、頭の中で必死で整理しながら言った。
「お姉ちゃんね、お父さんのお友達だったの。今日、お父さんはいないよね。お母さんはいる?」
ここで私はすでに混乱している。ワタナベくんのことを「お父さん」と呼ぶところまでは頑張れたが、私が聞いた「お母さん」とは楓くんにとってはおばあちゃんのことだった。ワタナベくん夫婦は共働きと聞いていたので、楓くんのお母さんは今の時間は居ないに決まっているのだ。
楓くんは礼儀正しく「お母さんは5時まで帰ってきません。おばあちゃんも・・今日はいるかなあ、でも家に誰かはいます」
このあたりから突然、私の心は何とも言えない、泣き叫びたいような灰色になってきていた。
楓くんの両親やおじいちゃんおばあちゃんはお元気なのだろう。
でも、わたしと遊んでくれたあの優しい優しいおばあちゃんは?
急に逃げ出してしまいたいような恐怖にかられた。
とは言えここで帰るのはもっと不審者なので、楓くんの手前、私は家のベルを鳴らした。
するとワタナベくんのお父さん、楓くんにとってはおじいちゃんが「はーい」と出てきてくれた。玄関先は楓くんが収集した水生動物の小さな水槽でいっぱいだ。私がワタナベくんと集めていたものとそっくりだ。
私が入り浸っていた当時はいつも昼間だったのでお父さんに会う機会はほとんどなかったのだが、名乗るとお父さんはすぐにわかってくれて、満面の笑顔でどうぞ中へ中へと招き入れてくれた。
イヤ、でも、こんな突然にお邪魔しては、などと玄関先でモゾモゾ言う私の目の前にゆっくりと現れた・・
おばあちゃん!!!
私は抱きつかんばかりにおばあちゃんの手をとり、一生懸命名乗った。94歳になったおばあちゃんは、本当にうれしいことに私のことをちゃんと覚えていてくれて、頭もしっかりしていた。涙がぼろぼろ出てしまった。
おばあちゃんはもう着物は着ていなかったけれど、品の良い顔立ちも優しい優しい話し方も昔のまま。「私がこんなに何も出来ないのに、みなさんが大事にしてくれるから何とかやっているんですよ・・」と言う。
そうだ、ワタナベくんちはこういうお家だった。おばあちゃんも、お嫁さんであるお母さんも、お互いに尊敬と感謝の気持ちを忘れない、希少な古き良き日本の家庭だった。だからなのか、ワタナベくんも正義感の強い真面目なタイプの男の子だった。みんないつもいつも、ワンパク坊主で山猿な私に優しくしてくれた。
あんな可愛がって遊んでもらいお世話になりっぱなしだった私に、おばあちゃんは「昔は本当によく遊んでくれましたねえ」と言う。「梅の季節はね、ここにこうして座っていると、庭が梅でいっぱいになって、本当に綺麗なんですよ。ちょっと前まではそこに牡丹が。みなさんが忙しく働いていらっしゃるのに、私は何もできないでここでぼんやり花を眺めているだけなんです。本当に申し訳ないばかりなんですよ」と優しい声で言う。
私はあらためておばあちゃんの手を握り、その手を知っている自分に驚いた。小さな手。細い綺麗な指先。私はこの手に握ってもらったことが何度もあると思った。お父さんがお茶とたねやの「近江ひら餅よもぎ餅」でもてなしてくれて楽しくお話しているのに、私は何度でも泣きそうになった。何十年ぶりかで食べる、ワタナベくんちのおやつだった。
棒でそこらじゅうをいじりながら学校から帰った楓くんは、家に帰って一番にバナナをムシャムシャ食べ、テレビゲームをしている。真剣な横顔があまりにもワタナベくんそっくりで可笑しい。リビングルームの真ん中にさかさまに投げ出されたランドセルはもっと可笑しい。30分程すると、いきなり「広場行ってくる!」と玄関に走り出した。
「広場はいいけど、場所変えるときはまた言いにくるんだよー!」
「カエちゃん〜・・気をつけてね〜・・」
リビングから叫ぶ「おじいちゃん」と「ひいばちゃん」のか細い声に、ハイ!ハイ!ときちんと応える楓くん。
私が玄関を覗くと長靴の準備をしていて、どうやらこれからまた池にでも入るらしい。
「明日は雨だから今日また長靴びしょびしょにすると明日履いていけないぞー!」
と「おじいちゃん」。
アハハと笑いながら私も参加して「長靴ん中に水入れちゃだめだよー!」と叫ぶ。
ハーイと返事をしてバターン!と玄関を出て行った楓くん。その勇姿を見せたかったのか、庭先にひょっこり現れた。長靴に、池の中をさらう用の長い棒のついた網、まだ何やら道具を持っている。
リビングから見ている私達3人に、小さなワタナベくんがニコッと笑って動物のようにすぐ消えた。
夢を見ているようだった。
時が経ったのだ。
2012年7月のライブのお知らせ
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涙がすーっと流れていく素敵なお話しでした。
小説よんでるみたいだった。
朝、学校に行く前に何気にみたのだけど、とてもさわやかな気分になりました。
ありがとう。
http://youtu.be/mMgrWEsdi2w
豪華メンバーでのライブテイクも上がってますね。
http://youtu.be/I3TnVfPBL78
大切にしてください。
みんな喜ぶから。
(私信で申し訳ないけれども、メールアドレスがなかったので)
読ませていただいて
懐かしいような・・・うれしいのに、なんだか切なくて泣いてしまいそうな気持ちを
味わいました
心に染みるお話ありがとう!
>「近江ひら餅よもぎ餅」
こないだ隣家でいただいたの、見てた?
(んなばかな...
隣家のバ◎息子のカノジョが滋賀県の出身なんだって!(全く関係がない...
で、渋谷のほら、最近デケタ新しいお店(昔は東急文化会館といって、当方が
数百円映画を楽しんだ建モンであった...)の「近くで売っているお店があるんです」
て聞いたのです。
柔らかいよもぎ餅と、モチッとした餡子をパリッと包んだ最中(というだ
ろうか?)それを近時的(?)に体験した偶然を(結構無理やりだな; 笑)
楽しく拝見させていただきました。
アップしてすぐに読んでくださったのですね・・・朝早くから、ありがとうございます!
Z33さま
この曲ですか!最初意外だったのですが、聞いているうちに楓くんが現れた庭の光が目に浮かびました。
桜さま
お読みいただいてありがとうございます。先日は昼と夜でお会いしそこねちゃいましたね!
ワタナベさま
( °o°) ( °o°) ( °o°)
ごっ
ご本人様ご登場とは!!!
こ、言葉になりませぬが・・
突然お邪魔してごめんなさい。
お言葉に甘えまして、また是非機会がありましたら!と思っております。
皆様にどうぞよろしくお伝えくださいませ。
また偶然楓くんに逢いたいです!!
ayameさま
お読みくださってありがとうございます。
なつかしいという感情は、言葉では他に言い尽くせない、複雑で大きなものですよね。
やまもとさま
お読みくださってありがとうございます。
書いた私にも、覚えているシーンが映画のようです。
よしのさま
たねやは和菓子の名店ですよね。甘いものは得意でない私ではありますが、たねやが秋に出す栗きんとんは大好きです。