いつ見ても良いのだ。
池の端藪のこの眺め。
猪口が真ん中、左右に薬味と汁が対象に据えられた、
完全調和の盆の中。
茶道のお点前(てまえ)の「置き合わせ」をすら思わせる隙のない配置。
私は密かに藪点前と呼んでいる。
蕎麦は、まさに藪らしいとしか言いようのない、機械打ちのふんわり。
香しい香りを楽しむとか、噛みしめては味わうとかいうものではない。
「軽さ」を感じる蕎麦を数本するっと箸先にたぐりあげ、
口に運ぶ刹那藪らしい粉の香りをかすめとり
ゆっくり味わうでもなく瞬く間に1枚が消えてなくなる。
私はここの笊もご贔屓。
手工芸品、消耗品でありながら、
いびつさ素朴さを微塵も感じさせない密で細かな目。
取りこぼしなき精緻な仕事で江戸の老舗の味を守り続ける、
都会の一流の職人としての心意気を表しているようだ。
池の端藪には雨が似合う。
雪は尚更良いものだ。



身体は暖めたいが呑んでいる時間は無いし……
ということで、
『紅しょうが天蕎麦 半熟卵入り』で
雪見蕎麦でした。
闇夜の中、
街灯の下でだけ際立つ雪の白。
器の中、
ときほぐして一面に広がった赤と
中央に卵の黄色。
美しい夜蕎麦でした。
TCさまならではの体験、そして印象深い描写、素敵です。中央に卵、では雪中月見蕎麦でもありましたね!
私は時々、黒々とした汁に浮かぶ電灯でお月見します。
それ、私は電球月見酒、やりますよ。
恵比寿にあったお店でもやっていましたし、
神田のお店でも。
もっとも、神田のお店は月イチで足を運んでも
閉まっていたり満席で入れなかったりで、
すっかり久しくなっていますが。
それにしても、このタイミングで
『池之端薮』とは。
先週、しきりに思い出されて、よっぽど近いうちに
行こうかと考えていたお店でしたけど、
写真と文章で気が済んじゃいました。
池の端藪は私のせいで今週お客さん一人分損しちゃいましたね(^_^;)。
あの日は背後の席の酔っぱらいの会話が可笑しかったです。「しょっぺえな」って20回くらい言ってました。