今夜は特別にたのしい蕎麦宵だった。
素晴らしき店に酔い、蕎麦に酔い。
しみじみとしあわせな新橋の夜の隙間に
ぽっとりあたたかい雫のように落ちていくような気がした。
私の祖父は新橋で飲むのが好きな人だったらしい。
駅近くの店で「コハダで一杯」ひっかけてから帰るのが定番だったらしい。
顔は私と似ているのにこの世ではすれ違ってしまった祖父。
歌や旅行やお洒落が大好きで、車もお酒も落語も絵画も好きだったというこの祖父には
私はなんとなく親しみを感じていて会いたかったという思いが強い。
祖父が今の新橋を見てどう思うかはわからないが
この路地の眺めを見たらこりゃいいねと思ってくれるのではないだろうか。
暗い路地にぽつんと灯る「ときそば」の文字。
古典落語の傑作「時そば」を思わせる店名と
この路地のムードが胸をくすぐる。
店内は左手がカウンター席、奥がテーブル席。
BGMは音楽ではなく「時そば」の名演が小さく流れているというのがユニークだ。
入り口では電動の石臼がゆっくり回り
カウンター内の厨房では店の人がキビキビと働いている。
まだ早いので空いているが、おいしい時間を予感させる眺め。
メニューにはいかにも飲みたくなるようなおつまみがズラリ。
特にこの最後にある「だし巻き玉子」の楽しさをご覧ください〜
「だし巻き玉子」「ネギだし巻き玉子」と2種ある上に
「卵一個から十個くらいまで可能です」って(≧∇≦)。
一個も十個もどうやって作るのかわくわくするし
その懐の深さ、書き方が楽しすぎる。
(普通は商品の大きさが決まっていてそれをいくつ頼むか、ってなりますよね)
この楽しい「だし巻き玉子」にも大変惹かれたが
ここは本当に食べたいものばかりなので目移りしまくり。
その上地酒のページには美味しそうな地酒がズラリと並んでいる。
うっ・・
こんなの見ちゃってお酒を飲まないなんてありえないんですけど〜〜〜
しかし私はほんとーーーうに「酒量だけは小鳥」なので
一人で入ったお店でお酒を注文するわけにはいかないのです・・
(5mlのお酒で5秒で酔っ払い15分後に冷めるという人間離れしたサイクルを展開する私には
一人でお酒を注文する資格はない)
というわけで無粋ではありますが
お酒がなくたって美味しいものは美味しいですよねっ
「菜の花ごま和え」
太めのしっかりした菜の花が見るからに私好みと思ったら
案の定ものすごく美味しい。
ぎゅっとした食感を残した茹で具合で
茎の部分に新鮮な食べ応えがある。
何が素晴らしいと言って甘ったるくない澄んだ味付けが私には最高だ。
(世の中の胡麻和えは私には甘すぎるのが多くて(T_T))
さ〜す〜が〜〜しょっぱなから感激♡
続いて頼んだものはこの店の名物「肉どうふ」。
アレ〜どんなのだっけ、何度も来ているこの店だが、私頼んだことあったかな?
えっ
ナンデスカこのまっくろけのおとうふはぁぁーーーー!
仰け反る、まっ黒さ。
よく見ようとしても黒すぎて質感がよくわからないほど黒い。
私はなぜか今までこの名物を頼んだことがなかったらしい。
こんな肉どうふ一度見たら忘れないでしょ!!
何を狙ってこんなぶっ飛んだ黒さにしたのかと思うほどインパクトのあるビジュアル。
つい店主に尋ねると
「赤ワインと醤油で7年間つぎたしつぎたし作ってるうちにこんな色になっちゃって・・」
と謙虚に笑う。
なるほど、ひょっとしたら私がだいぶ以前にこれを頼んだ頃は
ここまでの色でなかった可能性はあるわけだ。
それにしてもこの黒さ、
「マノワール・ダスティン」のブーダンノワール級の漆黒だ。
一体中はどうなっているのか、中まで黒いのか、どきどきとひとすくい。
きゃ〜 中は豆腐そのままの白さなんですね♡
モダンアートのようにドキリとさせられるコントラストの美・・
とウットリ見入ったのは実は3秒以下で
口に入れてしまったらもうなにがなんだかわかりません。
ナンデスカこのおいしさは!?!?
おいしいにもほどがあるんですけどーー!
うっっ・・・・・
どうしよう、飲みたい。(お酒)
小鳥だけど飲みたい!!
小鳥の分際ではありますがちょっとメニューを見てみよう。
お、メニュー本以外に別紙の「本日のお酒」というのがあるー♪
ニヤリ。ここは半合からグラスで飲めるので
それならなんとか私でも頼んでいい気がするじゃあないですか〜
早速店主に相談し私の日本酒の好みを伝えて選んでもらったのがコチラ。
「大信州 手の内」
長野が大好きな私としては嬉しいお酒。しかも何やらドキッとするネーミング。
入り口からキュンとくるのだがその太さのまま味わいを保ってまっすぐ進む感じで
うーーんこれはたいへんに美味しい!
いいのを選んでもらってよかったなあー
うぴっ うぴっ うきゃ(≧∇≦)
・・と喜んでいたら店主がこんなものをくれました。
「美味しいお水です」。
(お水だけでは写真が寂しいので招き猫さんにもご出演いただきました)
きっと私の様子のおかしさに店の危機を感じたのでしょうね。
店の安全平和と危険予知だいじです、店主さんありがとう!!
仕込み用の湧き水おいしいなあー
さてその「大信州 手の内」を味方にますます魅力を増した「肉どうふ」、
もうとんでもないことになっております。
あたたかい絹豆腐はふるふるやわらかくなめらかで、
その上にのったスジスジしたほぐしたような煮詰まった牛肉が美味しすぎて悶絶!!
真っ黒の部分は赤ワインの味というより
ブドウそのものを感じるようなこっくりとした酸味があり
もうどうなってもいいと思うくらい美味しい。
しかし豆腐は中まで味がしみておらずなめらか上品なので
全体として全然味が濃くなく甘くなくバランスが素晴らしい。
どんなフレンチより美味しいかもと思える、洗練すら感じる至高の「肉どうふ」!!
いや〜〜〜ん これは飲んじゃいますよ〜〜〜〜
(とか言いながらこの日私が飲めたのはなんと半分 ・・
4分の1合で限界って(* ̄∇ ̄*) )
「季節の天ぷら盛り合わせ」
見るからに尋常でなく美味しそうと思った予想通り・・・
これはお蕎麦屋さんの天ぷらのレベルをはるか越えております!!
車海老、ふきのとう、たらの芽。
食材の新鮮な美味しさをそのまま閉じ込めた繊細な薄衣が素晴らしい。
しかも私の大好物ばかり♡♡♡
特にふきのとうの衣の見事さとスパーンと弾けた春の香りにはシビれました・・・
「蒸し牡蠣」
生牡蠣もあったが店主のオススメは生より蒸し牡蠣。
私は生牡蠣も大好きだが貝類やイカなどは
加熱した方が味が濃く出て美味しいと思っているので喜んで蒸し牡蛎を選択した。
店主が惚れ込んだ東松島の牡蠣は
クリーミーすぎず磯の香りが上品。おいしいなあ〜
もう今夜は一人で飲んじゃって大暴走気味の私なので
(4分の1合ですけど(^^;;))
お蕎麦もいつもはやらないことやっちゃいます。
ここではいつも「ざる(細打ち)」と「田舎(太打ち)」の
「二色蕎麦(ざるセット)」しか頼んだことがないのだが
先ほどの「肉どうふ」の美味しさが忘れられず
「肉そば」の「二色」にしちゃおうかと!
でも二枚ぶん食べるのはもういい加減お腹もいっぱいだったので
ヨッパライを言い訳に店主に相談すると
「いいですよ、一枚ぶんの量でできますよ」
ばんざーい!じゃあ是非それでお願いします〜〜〜
「肉そば(二色)」
うわー
なんと美しい、嬉しい、この二色の眺め・・
うははははは・・・・
あまりの絶景に宇宙を征服したかのような気分になり
顔のニヤニヤと全体の挙動不審が止められない。(←カウンターの一人客)
「ざる」も「田舎」も素朴な粗挽き肌で
ぬったりと盛られた姿はいかにも香ってくれそうな風情に満ちている。
「ざる(細打ち)」
箸先から濃厚にただよう、たまらぬかぐわしさ。
かすかに生々しさも感じる深い野生と黒い軽い香ばしさのバランス、
これは素晴らしいーーー!!
食感がまた最高で、なめらか密な質感の極細切り、のびるような自在なコシ。
その中にことさらでなくかすかに粗挽きの粒感が感じられるのがニクすぎる。
そのたまらぬ食感の内側から溢れる味わいは意外にも白く澄んで、
その美しさにハッとさせられる。
この野趣あふれる香りと食感にして、この美しい味わい。
あああああなんというニクさ・・・
もう溶けて流れて椅子から落ちたらすみません・・
「田舎(太打ち)」
見るからにむっちりやわらかそうなみずみずしい肌。
こちらの方が淡めだが野生を感じる香りがほんのりと漂う。
舌触りは角がなく柔らかいのだが容易には嚙み切らせないむっちり密な質感。
モグンモグン噛む蕎麦だが決して硬いのではないところが素晴らしい。
噛みしめるほどに口中に生まれ続けるふくらむ黒い香ばしさに加え
こちらも「ざる」同様美しい白い味わいがひろがるのが驚きだ。
こんな「田舎」な見た目の蕎麦にして、この味わい!
うう〜〜〜ん 今夜は私シビレっぱなしですよ・・・
もちろんお酒のせいもあるとは思いますが
ああああ しあわせすぎる
あああああ
あっ!(lll ̄□ ̄)!!
せっかく「肉そば」にしたのに
いつもの癖で一回も汁につけないでお蕎麦だけで全部食べちゃった!!(lll ̄□ ̄)!!
どうしよう、お腹いっぱいだからとせっかく「1枚ぶんの量で二色もり」にしてもらったのに・・・
でもこの「肉そば」の汁は食べたい。ぜひお蕎麦をつけて食べたい。
よし、せっかく1枚ぶんの量でやってくれた店主には申し訳ないが
もう一回同じのをお願いしよう!
というわけで、じゃじゃじゃーーーん
デジャヴではございません。
撮影時間によると13分後の事象でございます(^^;;)
この「肉そば」の汁がまた素晴らしく美味しく楽しいことになっておりましてですね・・
このように、先ほどの「肉どうふ」を彷彿とさせる「濃厚な肉汁」と
別に「生卵」がやってくるのですが
これを店主は
「もしよかったらですが、生卵は肉汁に入れずに別々につけるのがオススメです・・
お蕎麦を肉汁につけた後に生卵につけるというすき焼き風食べ方が僕は美味しいと思うんです!」
と言うのでもう私は俄然嬉しくなってしまった。
それ大賛成〜〜〜〜!!(≧∇≦)/
だいたい私は生卵がだーい好きなので
生卵かけご飯とか鍋焼きうどんとかの生卵をどう食べるかに対しては
笑っちゃうくらい真剣である。
特に鍋焼きうどんや温かい蕎麦など「汁物」の中の生卵は
たっぷりの汁に溶かしてしまうと生卵味が薄まってしまうし結局卵を全部食べられない。
かと言って卵を一口で食べてしまうのはもったいないし味としてもつまらない。
というわけで普段から私はなんとかそこらへんの器を使うなどしてそこに生卵を逃し
「すき焼き風に生卵を後からつけて食べる」ってことをしてるんですよね〜
(ってこんなくだらないことをこんなに字数使ってウキウキ説明する私も私ですが)
とにかくこの時の店主の申し出には私と似た「生卵への真剣さ」を感じ
(実は蒸し牡蠣の話の時にもちょっと感じてました(≧∇≦))
すっかり嬉しくなってその通り食べてみたら・・・
悶絶。
えええ〜〜〜〜・・・
お蕎麦がこんなに美味しいのにこんな美味しい「アイディアつけ汁」作られたら
私は今後どうしたらいいんだ!迷惑です!!
と言いたくなるほど本気でこまる。(毎回2枚ぶん食べなくちゃ)
こんなの反則だぁ〜〜〜
濃厚な肉汁にお蕎麦をつけ、生卵につけ・・・
ああああ・・・
あ!
また一枚あっという間になくなってしまった・・・
こんなにお腹いっぱいなのにこの魔力、すごすぎる。
蕎麦後の蕎麦湯。
今夜私がこの店に着いた時は先客は一人だけだったが
私がカウンター席でめくるめく楽しい時を過ごしている間に
店の時間は少しずつ色を変えて移っていった。
グループや二人連れ、私のように一人で来ているお客さん。
なんだかんだと店主に話しかけ会話を楽しみたいお客さんもいれば
中にはなかなか気難しそうなお客さんもいる。
店主は、これだけの料理を忙しく提供しながらも
その一人一人に実に細やかに心を配り
冷静さと謙虚さ、そして誠実な温かさをもって笑顔を絶やさず接していた。
耳に入ってくる店の音を聞くともなしに聞き、店の時間を眺めていた私は
だんだんと、さらにこの店に魅せられすっかり感動してしまった。
す ば ら し い。
この感動はたぶん、私が酔っ払っているせいではないと思うんだ!(* ̄∇ ̄*)
こんな素敵な店なら
飲む店にゃうるさいであろう祖父もきっと喜んでくれるはず。
というわけで、次回は祖父とこの路地にやって来て、
「新橋ときそば」の蕎麦を二人でたぐる・・・
そんな夢物語を描きながら、
暗い路地を新橋駅まで歩きだした。
素晴らしき店に酔い、蕎麦に酔い。
祖父と腕を組んでいる夢を見ながら
ぽっとりあたたかい雫のように落ちていくような気がした。