駅からはちょっと歩くが
その先にはこんな入り口が待っている。

心をぽっと照らしてくれるようなあかり。
暖簾をくぐり、扉を開けるとそこは「月心」の世界。

私はいつも、この店に入っただけでとても嬉しい気持ちになる。
こぢんまりとした店内はほっこりとあたたかく可愛らしい雰囲気で
ああ素敵なところに来たなあーとわくわくする。
私にとっては駅から遠いことが嬉しくなるくらい
「こっそり、素敵な小さな世界」なのだ。
私自身も嬉しいが
ここに人をお連れすると必ずたいへん喜んでもらえる。
素敵な空間、美味しいもの、美味しいお蕎麦。
いつも本当に楽しいひとときを過ごすことができ、
私は何もしていないのにとても感謝されてしまう。
そうそう、拙著「蕎麦こい日記」の出版記念&打ち上げをしたのも
ここだった。
「お通し」

お店は可愛らしいがこんなところはバシッと古典的。
王道の蕎麦味噌。
「なす田舎煮」

じんわり出汁の味がしみ、程よく油分の効いた美味しい茄子。
しみじみ、美味しい。大好き。
「鴨ハツしょうが煮」

シンプルなようで家ではなかなか作らないメニュー。
これを定番メニューにするアイディアそのものが素晴らしい。
味もとてもよく、大事に大事にひとつずつ食べる喜び。
「そばがき」

「月心」のそばがきは薬味リッチ♪
しかもなんとも古典的で洒落た演出だ。
焼き海苔は立派な塗の木箱入り。
その他、ねぎ、山葵、辛味大根、造り正油、天然粗塩など。

大鉢の中の温泉で、気持ちよくあったまってやってきた
ほかほかそばがきさん。
見た目はのんびり風だが箸先にぽてっと取ったその香りに目がさめる。
石のような、静謐なかぐわしさ。
微粉のなめらかな肌を口に含むと
ふっくらぽわんとした食感がたまらないー!
思わず子供のように「ぽわん♪」「・・ぽわん♪」と何度も声に出してしまう。
素晴らしい舌触り。
ふっくらぽわんのなかからこぼれるかぐわしさに恍惚・・
「細挽せいろ」

姿も味も、ネーミングまでも美しい「月心」の「細挽(ほそびき)せいろ」。
白木に縁取られた、神殿のごとき清らかな眺め。

「細挽」との名前なれどこれもかなりの粗挽き、ときめきの肌!!
最初の香りは思いの外ごく淡かったが
どうもかなり冷たくしっかりしめられていたので
早く食べたい気持ちに必死でブレーキをかけつつ
一生懸命ゆっくり食べる・・そのうちにたまらぬ香りが溢れ出してきた〜!
食感も最初はしっかりはっきり流麗な感じだったが
食べ進むうちに優しく繊細なコシがあらわれてきてうっとり感激。
さらにそこからふわーーっと
なんともバランスのよい、馥郁たるかぐわしさが現れてきた・・・
その香りが最終的に脳にはっきりと届いた瞬間、私の脳が「茨城だ!」とつぶやいた。
あとで茨城、筑西の蕎麦と知りなんだかとても嬉しい。
「玄挽田舎蕎麦」

ぐほほほっっっ
もう〜〜何度出会っても嬉しすぎるこの眺め!!
そしてこの「玄挽田舎蕎麦」ってネーミングも本当に好きだなあ〜
「細挽きせいろ」と全然ちがうネーミングだけど
両方それぞれに詩のように、好きな人の名前のように私の心に響く。

これまた最初は香りさっぱりめ。
たくましく弾けるようなくっきりした固めの食感。
そのうちになんともふっくら優しい肌の中に「細かい粗挽き感」が感じられるようになり、
口中をなでる繊細でやさしいジャリジャリな刺激がたまらなくなってきたーー!
香りはどんどんどんどん濃くなり
たくましく黒く渋い香りに私ごと頭から吸い込まれるよう。
ああああああ もうダメです・・・ しあわせすぎる・・・
こんな素敵なお店であるから、駅から遠い暗闇の中にあるというのに
この夜もお客さんが次々と入ってきてあっという間に満員。
しかし私はあまりの居心地の良さにのんびりしすぎて
ほぼ一番乗りで入店したというのにほぼビリになってしまった。
実は「長陽福娘 純米ひやおろし」もちょこっと舐めちゃったしね〜

静かな店内。
ここについ先程まで流れていた和やかな、楽しげな賑わいのひとときを思い起こす。
今夜の「月心」の世界に、身をゆだねる。
帰り際に挨拶した店主夫妻の素朴な笑顔。
この気持のまま、駅まで歩きたいのだ。
「蕎麦喰って月追いかけて暮の秋」彩子
2010年12月「蕎や 月心」
2010年01月「蕎や 月心」(「蕎麦こい日記」打ち上げ)