2020年09月04日
羽村「手打ちそば 櫓」
何も知らずにこの店の前を通って、
ここがとんでもない名店と気づく自信は、私にはない。
私は目が悪いのだが、歩いていようが車に乗っていようが
「手打ち蕎麦」の文字だけは何十メートルも手前から
誰よりも先に目に飛び込んできて反応するという特技がある。
しかしこの店にはまず看板らしき看板が見当たらない。
夜だったせいもあるが、店の前に立ってもなお、
これが目的のお店なのかどうかかがわからない。
店というより、絵本に出てくるお家のような?簡素な外観は
ちょっと不思議な印象で、ここに入って行っていいものか、と少し迷う。
近づくと、やっと小さな看板の文字が読めた。
「石臼自家製粉 手打ちそば 櫓」
これで安心して中に入れる。
私の家からはなかなかの距離だっただけに、
ちょっとホッとしたような気持ち。
しかしこの時の私は、この後何が起こるかをまだ知らない。
想像をはるかに超えたメニューが多すぎて、
実際美味しいものが多すぎて、加えてお蕎麦も絶品すぎて、
「欲望と愛と興奮と限られたお腹の容量」という
4大問題の竜巻に飲み込まれるようなめくるめく時間は、
こんなふうに、静かに始まったのだった・・・!
店内に入ると、お店の奥さんらしい初々しい雰囲気の女性が
どうぞ〜と奥へ案内してくれた。
古いジャノメのミシン台や
アンティークの蕎麦猪口が飾られた店内。
その時間は他にお客さんがいなかったため、
私は2つのテーブルが個室のような空間にある、
とても落ち着いた席に案内してもらえた。
そこでメニューを見てまずぶっ飛びました。
お蕎麦のページ!
「せいろ」と「挽きぐるみ」がありますねえ〜
これは絶対どちらも、死んでも食べます!
そして天ぷらも気になるのだが、
かき揚げがめちゃくちゃ美味しそう。
「土山人」に居た店主のお店だけに
これも外せないし、困ったなあ〜〜
ところがお料理のぺージはもっともっと困ったことになっているのです!
・特選鴨料理
「蔵王鴨のロースト」
「蔵王鴨のテリーヌ」
「蔵王鴨のハツ塩焼き」
「大なめこおろし」
「そばがき」
「蓮根まんじゅう」
「季節の魚とそば餅の揚げ出し」
ちょっちょっちょっと、なんですかコレ!?こんなの選べないんですけどー!!
メニュー決断力にだけは自信がある私だが
どれもこれも美味しそうすぎてどれもこれも諦めたくない。
興奮と困惑と混乱のまま次のページ!
「こだわりの出汁巻き」
「特製太巻き」
「めんたいクリームチーズ」
「やきみそ」
「鯛の漬け丼」
「和風ピクルス」
「なすと豆腐の梅肉サラダ」
「魚介のサラダ」
えええええ〜〜?
ここの店主はどうなっちゃってるの!?
こんなにいろいろ作れる腕前もすごいがその仕事量・・・
手が10本くらいあるんですか!?
もうもうもうもう、
食べたいものが多すぎて脳がパンクしそう!!
しかし私にはどうしても
「せいろ」と「挽きぐるみ」、そして「そばがき」のぶんの胃の容量は
確保しておかなければならないという使命があるのだ。
煩悩と現実、欲望とお腹の容量とのバランスを必死で見つめ
本気で選び抜きました。
「蔵王鴨のロースト(ハーフサイズ)」
メニューの写真で見て「ムッ これは!!」とアンテナがピーンと立ち、
これだけは外せないと思ったうちの一つ。
やっぱり私の勘は正しかった!!
見た目も美しいが、その見た目以上に非凡な鴨ロースト。
ひとくち口に入れた瞬間の感動が物凄かった。
一切れは意外と繊細に薄いのだが、
そこから爆発的と言っていい美味しさがひろがる。
鴨そのものも良ければ味付けも最高!
旨みがずんずん舌に押し込まれるような
一枚一枚の存在感、説得力がすごすぎる。
いや〜〜〜これ、ハーフにしたのが惜しまれるなーー!
でも先は長いのでガマンガマン・・・
「鯛のカルパッチョ ジュレ添え」
鯛が好き、カルパッチョが好き、出汁ジュレもだぁーいすき!
というわけでオーダーするしかなかったこちら。
これがまた、いい意味で裏切られた感じのおっそろしい美味しさで
度肝を抜かれました・・・
ジュレは思ったより塩辛くピンと尖った感じ。
全体はごま油と柑橘の効いたソースでそこにディルの香りがふわり。
その全てのマリアージュが魔法のように美味しい。
そしてその魔法のせいなんだかわからないのだが、
この鯛はなんでこんなにふくよか芳醇な味がするんですか!!
えーっちょっとコレ世界一おいしいカルパッチョじゃない??
と大騒ぎしながらあっという間に食べてしまった。
2品目にしてこの大興奮・・・
お蕎麦までたどり着けるのか甚だ不安・・・( ̄∇ ̄)
「蔵王鴨のテリーヌ」
お蕎麦屋さんのメニューに「テリーヌ」の文字があるなんて
それだけでワクワクする。
しかもこんな美しい盛り付けで嬉しい〜〜〜
食感はぽろぽろした冷たいハンバーグのようなのだが
間にジュレ感があるのがテリーヌらしい。
そしてジュレのせいで最初はすっきり感じられるのだが
だんだん鴨肉の旨味が濃いのが伝わってくる〜♡
「一年牡蠣の天ぷら」
宮城県産姫ちゃんオイスター使用のこちら。
これがどーにもこーにも美味しすぎる!!
まず揚げ方が最高。パリッパリなのだが繊細さもあり。
そしてその衣に包まれた牡蠣そのものの味わいが素晴らしい。
大粒でも、超クリーミーってわけでもないのだが
とにかく旨みが濃厚。
ああ〜〜しあわせすぎる。これあと2個くらい食べたい〜〜!
「そばがき」
水紋のような刷毛目の美しい鉢の中に、
ほんわりと浮かぶその姿。
柔らかそうな肌に大きめの蕎麦粒子が浮かんだ、
ちょっと個性的な肌。
箸先で香りを寄せると意外にもほぼ香らず。
口に含むとドロドロとろとろ〜とした食感のなかに
柔らかい蕎麦の実がプツプツ入っている。
その食感を楽しむうちにだんだん口の中に青くフレッシュな香りが膨らみ
味わいもじんわり伝わってきた。
「かき揚げ」
いいなあーこの造形美。
海老、イカ、ネギのかき揚げ。
先ほどの「一年牡蠣の天ぷら」とは違って
こちらはちょっとふんわりしっとりした衣だった。
「蓮根まんじゅう」
蓮根まんじゅう、好きなんですよね〜!
思ったよりも小さめで、とにかく今夜はお腹の容量が心配な私は
ややほっとする。
ねっとりもちもち系ではなくさっぱり系で、
しゃくしゃくぽろぽろした食感。
アッツアツで生姜が効いていて穴子の風味がチラリ。
いいですね〜
「季節の魚とそば餅の揚げ出し」
メニューを見た時「こんなメニュー見たことない!」と
興味を持ったこちら。
揚げてあるとどっちがお魚でどっちがそば餅か判別しづらく、
「黒いのがそば餅です〜」と奥さんが教えてくれた。
あつあつでどろーっとした食感。
お魚は鰆で全体に甘めの味付け。
おろしたっぷりが嬉しい!
そしてここで残念なお知らせをしなくてなりません。
最後のお蕎麦は「せいろ」と「挽きぐるみ」、
そしてなんとか余裕を作って「すだちそば」も!
と祈念しつつ此処まで食べてきましたが
どうやらもうすでにかーなーりお腹いっぱいで
「すだちそば」の余裕はなさそうです・・・(T_T)
でも、「せいろ」と「挽きぐるみ」は大丈夫!
入ります!入れます!
瞳澄ませて 心澄ませて お迎えしたい、
一番大好きな人!!
「せいろ」
ああああああ
今までの美食祭りの賑々しさが嘘のように、
一瞬にして澄み渡る空気。
近づいて、私の心は奪われる。
その宇宙に飲み込まれる。
美しい・・・!!!
なんと繊細な輪郭線。
その透明感。そこに浮かぶ蕎麦粒子たち。
見つめているだけで幸せ、もう食べなくてもいいかも、
と思いつつ箸を伸ばす(≧∇≦)
箸先からほんのりと漂う、正統の、誠実な蕎麦の香り。
口に含むと超繊細で素朴な舌触りにうっとりさせられる。
平打ちのやさしく柔らかな舌触り、こんなに繊細で優しいのにコシもあり
この食感は凄いとしか言いようがない。
香りも風味も爆発的とか濃厚とかではなくほんのりとそこにあるのだが
それがまたこの蕎麦の魅力と思える。
儚く繊細な、最高に優しい夢のような蕎麦!!
おいしいぃ〜〜〜〜〜!!!
「挽きぐるみ」もやってきた。
おおおおお
想像以上に、黒い!
明るく美しい「せいろ」と比較するとコントラストが鮮やか。
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”
この眺め・・・幸せすぎる・・・
もう世界征服した気分・・・
だってだって、「挽きぐるみ」の肌も。
こんなに美しいのです!!
ドッヒャー
これはヤバイです。ヤバイヤバイヤバイ
箸先から香りを寄せなくとも
笊の上からブンブンと香りが飛んできます!
めちゃめちゃ素晴らしい黒い香り!!
香ばしく深い。それでいて濁った感じゼロで澄んでいる!!
味わいもガツンと濃厚なのだがすっきり感があるのがすんばらしい。
とにかくどちらのお蕎麦も最高すぎて・・・
おおお〜〜ん おおおーーーーん
(久々の遠吠え)
お腹いっぱいすぎて蕎麦後の蕎麦湯も苦しいほどだったが
この時間は蕎麦湯と蕎麦汁を楽しむ大切な時間でもある。
こちらの蕎麦汁はかなり個性的で、椎茸の風味と酸味が強く
甘みはすっきりしている。
ウーン ちょっとくらいはお蕎麦をつけて食べてみるべきだったな〜
ってどこでも毎回そう言ってて全然つけないのですが (^^;)
お店の方は蕎麦と蕎麦汁のコンビネーションに職人魂を賭けているのだから
本当に失礼なことはわかっているのですが(>人<;)
お蕎麦が美味しければ美味しいほどそれだけは絶対無理なんです〜〜!
ふと気づくと、
静かな店内には優しいアコースティックギターの音が流れている。
あれだけのものすごいお料理の大パレードの後に
あんな素晴らしいお蕎麦との濃厚な逢瀬があり
もう無我夢中で何が何だか分からなくなってましたが
やっと正気に返ってきました (^^;)
今夜は本っ当ーーに、ものすごい夜だったなあ・・・
帰り際には、終始初々しくやさしい雰囲気の奥さんと、
キラッキラな瞳の店主が見送ってくれた。
今年5月に開店したばかりの「手打ちそば 櫓」。
店主は「東京土山人」に居た人なので
そこでも何度も私は食べているはずで、
こうしてこの羽村で再会できたことがちょっと不思議な、
そして嬉しい気持ちだった。
思いは「東京土山人」が開店した頃にも至り、
動いていく蕎麦シーンに感無量。胸いっぱい、お腹いっぱい・・・
そして私は今日温泉帰りだったのでドすっぴんだったのを、
今思い出しました!!キャー(≧∇≦)
2012年06月15日
秋川「蕎麦 よしの」
滝川街道沿い、ちょうど西多摩霊園の入り口の向かい側。
突如現れるモダンな形の建物は
入口正面から見ると窓も扉もない。
あるものといえばごく控えめな
「蕎麦 よしの」「営業中」という板看板のみ。
その文字すら消えかかっている。
店のすぐ前は街道だというのに
中に人の気配が感じられない佇まいは
ルネ・マグリットの絵をすら思わせる、不思議な静けさに満ちている。
窓も扉もないと書いたが、近づけば無論入口はある。
この扉は「いらっしゃいませ、どうぞお入りください」とは言っていない。
かと言って「入ってくるな」とも言っていない。
ひどく自然にそこに「ある」扉だ。
私も自然にそれを開ける。
吹き抜けになった店内にもまた、余計なものは何も無い。
意図的な洗練も、息の詰まるような統一感もない。
不思議な、何も無さ。
これは居心地がいい。
「そばがき」
きっ
来たぁー・・・
来てしまいました・・・
「よしの」の「そばがき」!!
もう遠目に見ただけでダメ。
香りがブンブンこっちまで飛んできそうだ。
どんな香りかももうわかる気がするほど
私の五感はあのそばがきに集中している。(動物)
ちょっとみなさん見てください。
この美味しそうさ・・・・
カァー
思わず目も口も開いたままカラスになってしまいそうなほど
すんんんばらしい姿である。
香りがまた、デジャヴュだか何だかわからないが、
こんな香りが来るだろうなと思っていたとおり。
正統派の、端整な、
もうこの際「世界一!」とでも叫んでしまいたいような完璧な香りが、
「キチッ」「ビシッ」と、決然とこちらに届く。
私は固く目を閉じる。
染み渡る。
染み渡りすぎて、
もうどうしていいかわからないー・・(早く食べましょう)
意を決して口に含んでまた天上の人となる。
なんですかこの極上フワサクエアリーさんは!!!
「フワ」で「サク」で「エアリーにとろ〜」なのだ。
ポテッとした肌に均一に織り込まれた空気は
まるでよく泡立てたメレンゲの泡のよう。
歯に当たると微かに「サク」として
ハッと思うとそのまま液体と消えていく。
えっ あなた 夢!?!!
今そこにいたのに、
こんなにもかぐわしい空気の中で姿を消すとは。
ああ 今日はもう本当に
私はどうしていいかわからない。
「せいろ」
じわーーーー・・・
私とつながるように香る、滋味深き香り。
どちらかと言えば地味に、おとなしく現れたその香りは
やがて舌に広がり味わいとなり、だんだん甚大になっていく。
もはや口いっぱいが「地味な滋味」で染め尽くされている。
なんという美味しさ。なんというニクさ!
密度濃く水気も多い、ややずっしりとした食感だが
平打ちのため歯ざわりはぬたーとしなやか。
はああー 素敵すぎる。
素晴らしすぎる。
なんておいしい蕎麦なんだろう!!
ポタージュ蕎麦湯が、またおいしい。
駆け抜けていったかぐわしい夢をたどりながら、
私は、何もない空間に浮かんだような気持ちになる。
ぽっかり、 よしのに、 うかぶ。
外観も店内も、総てそのためにある空間と思えてくる。
秋川の不思議な一軒家。
ぽっかり 浮かびに来ませんか?
2012年7月のライブのお知らせ