2017年05月11日
浅草「蕎亭 大黒屋」
言わずと知れた名店中の超名店。
その存在は最早私にとっては蕎麦屋ではない。
完全に「蕎亭 大黒屋」というひとつの眩い星である。
決して誰にでも薦めたくなるステレオタイプの店ではない。
運が悪ければ待ち時間は気が遠くなるほど長く、値段も安くない。
(私は最長で、着席してからお茶が出されるまでに40分待ったことがある。
しかも店は混んでいなかった!?のでその昔話のような時間に身を任せた)
しかしここで出されるものはどれもこれも飛び抜けて美味しい。
派手さのない、しみじみとした本物のありがたい美味しさが
脳に染み付いて忘れられなくなる。
それらすべてをひっくるめて、この店は私にとって浮世離れした「星」なのだ。
浅草観音裏の闇にひっそりと浮かぶ灯。
鬱蒼と建物に絡みつく草木、灯篭に浮かぶ粋な文字。
私の目には全てが完全に映る。
「蕎亭 大黒屋」として完璧だ、と思う。
店内は細長く、掘りごたつ式の座敷席とテーブル席がある。
メニューの体裁も浮世離れ。
白扇子に筆書きだ。
本当にここで食べるものは蕎麦もおつまみも素晴らしく美味しいので目移り・・♡
しかし今日は好きなものを頼むわけにはいないのだ。
実は今日は私たっての希望で
長年の夢であった「大黒屋の名物鴨すきうどんなべ」を食べに来たのです〜〜
ばんざーい ばんざーい*\(^o^)/*
(もちろん最後にお蕎麦も食べます!)
やはり鍋ですから人数がいたほうが楽しい、ということで
なかなか実現しなかっただけに、もううれしくてたまらない。
まずこの店のanother大名物である女将さんが
鍋のセットをしてくれる。
(今夜は今まででも一番の剽軽ぶり&すっぴんの美肌ぶりがすごい)
もう数十年も使っているという「陣笠鍋」。
墨のように黒く驚くほど重く、美術品のように美しい。
由緒ある製造のものなどではなく
「知り合いに銅板を叩いて作ってもらった」というところが
いかにも一茶庵「友蕎子」片倉康雄さんの直弟子の店らしいところと感じさせられる。
しかもこのコンロのカバーともいうべき木の箱は店主の手作りだ。
コンロがお客さんの手に触れて熱くないようにという実用品だが
片倉さんの教えは常に「実用」であり、
それが最高の美に至っていることには全く無意識であるところに
私はいつも驚かされ、畏敬する。
同じく直弟子で昨年惜しまれつつ閉店した秩父「こいけ」の店舗も
片倉康雄さんの教えによるこいけ店主の手作りで
私にとっては重要文化財に指定してほしいくらいの建物だった。
http://ayakotakato.seesaa.net/article/442114672.html
店の奥には片倉さんの書いた言葉が
店を見守るように掛けられている。
今日はお酒通、美味しいもの通のみなさまとご一緒ゆえ
お酒の方でもこれでもかと「蕎亭 大黒屋」を堪能します!
と言いつつ「酒量だけは小鳥」の私、
本日は皆様のお酒通っぷりをほえーと眺める殻付きヒヨコに格落ち気味でしたが、
ここは酒器のコレクションがまたすごいので
それだけでも楽しめました〜♪
注ぐ時にピロロロと小鳥のように鳴く徳利は見たことがあるが
なんとこれはお猪口も鳴く珍しいもの。
片口の注ぎ口のようになっている部分から飲むと
「ピロロロ・・・」
男性が小鳥のように鳴いているとなんとも可愛く
また飲むたびに「私飲んでまーす!」とテーブル中にアピールしてしまうという
話題と笑いの尽きない楽しい酒器。
五角に梅と垣根の絵付けも邪気のない美しさだ。
「焼き味噌」
蕎麦屋の大定番だけにあちこちで出会うが
なんでここのはこんなに魔法のように美味しいのでしょうねえ・・・
ふんだんな蕎麦の実が思いっきりざっくざくなこと、
焦がした部分の素晴らしい香ばしさ、生姜などの薬味のことさらでない風味。
甘さは結構しっかりあるのだが要はバランスの妙ということなのだろう。
とにかく大変に美味しいのだ。
底に富士山の写真(!)がある珍しいお猪口。
お隣の方のは北斎の赤富士でした。
「覗き富士」、おもしろい〜〜
いよいよメインの登場であります。
長年の憧れであった「大黒屋名物・鴨すきうどんなべ」。
どどーん!!
大皿に山盛りの、畑の恵みの美しさ。
新鮮な鴨肉の明るい色味も大変美しいのだが
それが視覚的に後回しになる程この野菜は特別に美しかった。
なんというか立体的にハリがあって
いきいきとした生命力が感じられるような、
みずみずしさが弾けるような野菜ばかりなのだ。
そのひとつひとつに丁寧に面取りなどの仕事がしてあり
僭越ながら鍋奉行を仕った私は愛しく嬉しくそれらを箸で扱った。
鍋はこのお出汁で食べる。
このお出汁がまた絶品である。
よくある鍋用の出汁ポン酢などとは別世界!
強いところ濃いところが全くない、しみじみとさりげない出汁。
そこにたっぷりのおろしが入っていて、どこかさわやかな軽やかさがある。
このさわやかな軽やかさはなんだろう?と思ったら柚子だったので
私はまたしても全く参ってしまった。
私は日頃柚子とか柚子胡椒とかポン酢の味つけのものをすすんで選ばないのだが
(遺伝性醤油中毒のせいもあってしゃぶしゃぶはお醤油で食べる♡)
それはそれらが嫌いなのでは決してなく
効かせすぎて素材の味が見えなくなっているものがほとんどなので
つい避けてしまうのだ。
蕎麦もそうだがなんでも素材の味を楽しみたい私としては
柚子ものはほんのり幽かに効かせてこそ全体の美味しさを引き立てると思っている。
この「蕎亭 大黒屋」の汁はまさにそんな効かせ方で主役はどこまでも野菜であり鴨肉。
出汁は存在を最小限に消して素材の味をそっと支えている感じで
見つめるほどに参りました・・・・
おーいーしーいーーー(≧∇≦)!
九重堆朱のような漆塗りに
裏と表でおかめひょっとこになっている楽しい酒器。
今夜のお酒はどれも私にはかなりオトナがっつりなお酒が多かったので
お酒は器についてばかり書いていますが
中ではこの「至」が入り口が細くてまっすぐで美味しかった(≧∇≦)
鴨肉もこの写真の見た目は華やかだが質感も味わいも実に上品。
ガツンとした派手さはまったくなく美しい野菜と鴨肉をしみじみと味わう鴨鍋。
食べ物のありがたさ美味しさがシンプルに私に染み渡っていく。
山の絵が描かれたユニークな急須型の酒器と
逆さ富士のお猪口。
こういう形の酒器を見ると和装バッグに見えて
着物姿でこれにお酒入れて澄まして外歩いてたら
面白いなあと思ってしまうんですが(* ̄∇ ̄*)
野菜と肉をほぼ食べつくしてしまうと、
今夜は常に絶好調な感じの女将さんがカタカタカタ!と下駄の音かき鳴らして
うどんを持ってきてくれた。
このうどんももちろん手打ち、しかも小麦粉も自家栽培らしい!
金町にある蕎麦畑で小麦粉も育てているのだそう。
知らなかったーーー!
この迫力の色、姿。
わたくし普段の悪い癖がつい出まして
お鍋に入れる前に1本そのまま食べてみちゃいました。
お、おおおいしいぃ〜〜〜〜なにこれー!
小麦粉の豊かなうまみと甘み、香り、ぷりぷりの食感。
本当に美味しい手打ち蕎麦屋さんの手打ちうどんというのは
美味しすぎて参ってしまう。
秩父「こいけ」の手打ちうどんも絶品だったなあ・・
あまりのおいしさにうどんを追加注文したくなりましたが
みんなでぐっと堪えました。
なんたってこの後、あの方にお会いするんですもの・・・
「おせいろ」
うわ
これは・・・
めくるめく鴨鍋ワールドに夢中になっていた私は
突然枯山水の眺めか何かに出会ったような気がした。
テーブルの隅に宇宙が生まれた。
店主が長年表現してきた蕎麦のあり方が、ズンと私に伝わってきた。
この、何でもなさそうな顔をした迫力・・・!
静かに、ただそこにある宇宙。
繊細な極細、平打ちの黒い肌。
その上にまばらに浮かぶ無数のホシたち。
ふーっと低く深く香るたくましいかぐわしさに誘われ口に含むと思いの外つるりすべらか。
さりげないざらつきはあるのだが質感が密なので舌触りはつるりとしている。
繊細な蕎麦束が口中を流麗にめぐり、そっとかみしめると
これをコシというべきなのか迷うほどの儚いさりげない弾力に支えられる。
箸先で寄せる香りはやや生々しさを感じるほどたくましいのだが
食べてみるととすっきり黒く香ばしいのが軽やかで嬉しい。
ああああ おいしい〜〜〜〜〜
おいしいよう〜〜〜
今日は今までこの店で出会った中では一番黒く一番極細だったし
印象も少し違うところがあったが
そこは蕎麦の香りや甘み、食感を引き出すべく11台もの石臼を使い分けて
その時の粉に合わせて自家製粉しているというこの店ならでは。
底に静かに流れるしみじみとありがたいような美味しさは
まさに「蕎亭 大黒屋」らしい蕎麦だった。
今年で開店40年となる「蕎亭 大黒屋」。
長年店主と奥さんとで忙しく切り盛りしてきたが
この数年は昼の営業はやめて夜の予約のみの営業となっている。
少し不便にはなったけれど
もともと便利な店ではないから全然いいのだ(≧∇≦)!
この浮世離れした「星」が
観音裏にいつまでも輝き続けていてくれますように。
そう願いつつ、皆で楽しくゲラゲラ笑いながら
浅草の路地を歩いて帰った。
月がすぐそこにあるかのように紺色の空に浮かんでいた。
「浅草寺屋根で飲んでる春の月」
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うどんを持ってきてくれた。
私は生粋の下町育ち、現実には無かったことだが何故かカタカタ方と響く下駄の音を想像すると、そこにはまさに下町の景色が思い浮かばれる。きっとテレビで育ったせいだろう・・
「カタカタ方」その音にはせっかちな下町気質、お人好しの下町気質、ちょっといい加減な下町気質、シチュエーションを色々と変えて頭の中の妄想竹をニョキニョキと伸ばせば、そこに浮かんでくるのは私に中の下町への憧憬。
「大黒屋」さんは巡るもの全てが私の中の「下町」そのもの。あんなタイプのお店は他では見られませんよね? 私の中では下町の有形・無形・文化財、飛びっきりの美味しいと、全てを巡る下町を楽しめる唯一無二の名店
長いこと伺っていないな・・・ 暫くぶりに伺いたくなってきました。
以前からあの下駄の音は注目してましたが今回はその音があまりにも独特で(一音一音切るようなスタッカート)ふざけて歩いているようにも聞こえ思わず女将さんを見てしまうのですが女将さんは普通に少し急いで歩いてるだけなんですよね〜
下町の有形・無形・文化財、本当にその通りだと思います!