下北沢駅南口。
賑やかな商店街の坂をとにかくくだりまくる。
道がくねくねと曲がっても五叉路に出会っても
意志を強く持ってまっすぐに進む。
「森厳寺西」という信号に出会うまでは。
(しかしこの信号の看板、
駅から反対方向側からしか見えない不思議な看板なのだが)
私はこの「森厳寺」という名前が好きである。
なんとなく森の神様にでも出会ったような気がして
この信号にたどり着いただけで
フィトンチッドに染まったような気持ちになる。
その森の神様の角を曲がってすぐ。
「打心蕎庵」。

店名も凄いがその佇まいも凄い。
下北沢駅から数分とは思えぬ静けさ、この風格。

私にとってはそのイメージも蕎麦も七変化を遂げてきた店だが
この庭のしっとりとした情緒だけはずっと変わらない。
年月を経て店は落ち着いた艶を帯びたようになり
今夜あたりも大変よい雰囲気で賑わっている。
どのテーブルも実に和やかで楽しそうだ。
「正雪 本醸造」熱燗。

特注という松葉模様の徳利の粋な姿。
「お通し三種盛り」

「筑前煮」
「鮟肝」
「赤鶏の西京漬焼」
「穴子の煮凝り」がタッチの差でなくなってしまったのは残念だったが
楽しい盛り合わせ。
「赤鶏の西京漬焼」は味しっかりで、
正雪に合っちゃうなあああ
こまっちゃうなあああ
「銀だらの西京焼き」

これを食べた瞬間
顔が「梅干ばあさん」のようにぐっしゃぐしゃになってしまった。
おーーいーーしーーい〜〜〜!
和食の甘みが得意でない私だが、
銀だらの西京漬けとなると突然防御壁が完全撤去となる。
この、この脂ンところを口に入れちゃったら
もうもうその瞬間におちょこに手がのびるわけで
そのマリアージュときたらもうもうもう・・・
(2口で何をエラそうに。でもこの境地に至っただけでも大進歩なのだ)
「常陸秋そば」

太めのしっかりとした輪郭線が
あざやかな曲線を描いて盛られてきた。

透明感のある肌に浮かぶ、無数の白い影。
太くしっかりとした輪郭線ながら
見入れば繊細さすら感じる蕎麦である。
たぐり上げた刹那、ふわあっと舞うような美しい香りに軽く驚く。
これは・・しばらく出会っていない香りだ。
甘く品の良い、極上の和菓子のような、乳白色のイメージの香り。
水分をまとった、かすかにざらついた肌が、
独特のスルツルを持って口中をめぐる。
強靭なコシからあふれる美しい風味とほんのりとした甘みも素晴らしい。
ああ おいしいー 今夜も来てよかったなぁー
「福井挽きぐるみ」

待っていましたこの黒々とした姿。

これまた、たぐり上げてハッとする。
この姿から容易に想像されるような「香ばしい」という一言では片付けられない
なんとも言えぬ滋味なる香りが、そこに静かに横たわっている。
なんておいしい。
なんてかぐわしい。
そこにいるあなたを捕まえたい。追いかけたい。染まりたい・・・・
と夢中でたぐり続けていると
!!!!
私の蕎麦が消えてしまった!!
結局捕まえられなかったが
どこか甘い、シナモンにも似たスパイシーな夢だったような・・
嗚呼。
私にとってはいつまでも懐かしく、
いつも新しい「打心蕎庵」なのだ。

私も大変気になっているのです…
だいぶ前に聞いた時は、料理の世界には いるけれど蕎麦は打っていない、という話でしたが…