そこは渋谷でありながら渋谷でないような。

何度行っても違うものが出てくる不思議なお蕎麦屋さん。
無論メニューはたくさんあるのでそこから選ぶのもいいのだが
ここはやはりおまかせのコースがすごい。
「知花(ちはな)」という店名からも分かる通り、女性店主の徳ちゃんは沖縄出身。
可愛らしい柄の手ぬぐいを食堂のおかみさんのようにかぶった姿は
日本料理というよりは「おいしいおにぎり」が似合いそうなほのぼのとした雰囲気。
徳ちゃんはいつでもせわしなく厨房で格闘しているのだが
何せ一人でやっているため料理の出てくる時間は極めてのんびり。
時間はまさに沖縄のようにゆっくり流れて行く。
でありながら、その料理の全ては
どんな高級料亭にも勝るとも劣らない超洗練の美味しさ!
しかもここは渋谷で、もう頭がねじくれそうになる・・・
店に入るとまず、小さなお醤油瓶がダダダーと並べられた
ユニークなカウンターに出会う。

お通し
「ナスを揚げたもの」「ほうれん草」

ここのおまかせコースの料理の一品一品には、特に名前はない。
厨房で大忙しの職人徳ちゃんは
「なす、です。揚げた茄子・・です〜」
などとぎこちなく紹介しつつ料理を目の前に置いては
エヘヘと照れたように、さささとまた厨房に帰っていく。
そしてこの2品だけでわくわくするほど美味しい。
出汁が尋常でなく美味しいのだ。
そしてどの料理もギリギリまで控えた甘みがニクイばかり!
「ホタテのジュレ、シークワーサー風味」

こんな完璧に美しいものが一品目に出てくる時点で
もうここはただの「料理+蕎麦の店」ではないことがお分かりいただけるかと思う。
見た目だけでなく味も素晴らしい。
シークワーサーの爽やかさ。
黄身酢辛子のボリュームのある、しかし洗練された旨み。
「鯵彩水(鯵の冷汁風?)」

このまったく濁りなき澄み切った汁に驚愕!
鯵などが入ったら普通は多少濁るものだが。
鯵、小柱、青唐辛子に鰹が効いて最高の美味しさ。
「鶏胸肉、冬瓜、大根」

「菊、紫蘇の葉、かいわれ」が大根の中に押し花のように飾られている!
なんとロマンティックな美しさ。押し花入りの飾り灯籠のようだ。
味つけも超繊細。
鶏の出汁を限界まで上品にさり気なくうまく活かし
塩分も控えめで素材の美味しさだけがそこに浮かんでいる感じだ。
「穴子寿司」

この穴子寿司にはいろいろと度肝を抜かれた!
まず置かれた瞬間の海苔の香りに驚く。
やはり、有明。
そしてこれまた限界まで味付けを抑えたからこそ引き出される、
どこまでも追いたくなるような深い素材の美味しさ。
こんなにひとつひとつの素材の旨味を感じた穴子寿司は食べたことが無い。
そしてこの穴子寿司の最後の度肝は、この器。

食べ終わって現れた琉球漆器の美しい細工。
ちょっとちょっと、これはタダ物ではないですよ・・・・
この「知花」ではそれこそ美術品級に貴い器がぼんぼん出てくるのだ。
「沖縄の、徳ちゃん親戚が捕ったクエの鍋(^^)」

物凄いゼラチン質、濃厚なクエの味わい。
蛤の出汁も効いているのかも。
後から蕎麦を入れるようになっているのだが
この蕎麦を半分以上そのまま食べてしまったのは言うまでもないですね(^^;;)
いよいよ、蕎麦。
ここまででずいぶん時間は経過しているがここでとくちゃんは蕎麦打ち場に入る。
なんとここは、食べる直前に蕎麦を打ってくれるのだ。
「お待ちになる間に・・・」
と、徳ちゃんが小さな一品を置いていってくれる。
「クリームチーズと自家製明太子」

コトコトと徳ちゃんが蕎麦を打つ音。
時間は沖縄の海辺のようにゆっくりと流れる。
やがてそんじょそこらの山葵とは見るからに一線を画する
すんごい山葵が出てきた。
山葵の最高級品種、無農薬の「真妻」

「今日は慌てて打った”慌て蕎麦” ですみません〜〜」
と謙遜しながら運ばれてきた
「せいろ(福井と八ヶ岳ブレンド)」


目にも鮮やかな極細。
そして何より、この超絶に美しい香りは一体!!
端正きわまりない美しい極細なのに
一本一本がこんなにもふっくらと豊か。
こんな極細の一品一本の中に美しいコシがあるなんて・・
その極細が口のなかではらはらパラパラと優雅にほどける様も心地よく
ちょっともう頭が恍惚でどうにかなりそうだ。
それらすべてが最高に美しい香りの中にあるのだから
もう なにも かんがられまへん
しかもそのデロンデロンに崩れきった脳で
「この蕎麦、福井っぽくて八ヶ岳っぽいなー」とぐじゃぐじゃ思っていたら
なんと嬉しいことに大当たりでした!
手挽き福井と自家製粉八ヶ岳のブレンド、ニクすぎます・・・

料理を食べてわかっていた通り、汁の美味しさもさすがとしかいいようがない。
こっくり濃いのだがスッキリとキレのある旨み。
あまり汁に感じない形容詞だが、「フレッシュ」で素晴らしく美味しい!
デザートも徳ちゃん手作り。


一体入店してから何時間が過ぎてしまったのか・・・
渋谷の奥には、不思議な時間の迷宮がある。