通っていた中学・高校のある湘南は、第二の故郷。
そう間をあけずに訪れてはいるのだが、
その空気の濃さ、時間の流れのゆるさには毎度驚かされてしまう。
街の雰囲気もトンビの声も、何もかもが懐かしい。

「そば切り 佳人」。
江ノ電「江ノ島」駅からも程近く、
路面のレール沿いを辿ってくれば簡単にたどり着ける。
店の前を時折通る江ノ電も嬉しいが、
もっと嬉しいのはこのお店は中休みがないということ。
昼下がり、江ノ電を眺めながらのんびり蕎麦。
こんな贅沢はなかなかない。
懐かしさに浮かれ、今日はめずらしくせいろではなく
釜揚げしらすの「しらすおろしせいろ」なんてものを注文してみた。
すると、なんとこの季節だけに生しらすにもできるとのこと!
釜揚げも大好きなのでちょっと迷ったが、せっかくなので生に。

ふたつ山盛りで盛られてきたお蕎麦は極細の、女性的な印象の蕎麦。
箸先にたぐると、むわぁ〜。
湘南モードですっかりポケーとしていた私は
予想外の香ばしい香りにびっくり。
こ、これはっ、しらすおろしと一緒に食べてる場合じゃないんですけどっっ
と胸中いきなり大慌て、大津波。

口に含むと、ちょいとほにょーと、やわらかい蕎麦。
香りは口の中でもふんだんに感じられ、舌に広がる味わいがまたしっかりとしていて嬉しい。
端正な輪郭とか、弾むようなコシとかいう蕎麦ではないが、
このゆるーい地にあってこのほにょーとした、
細くて食べやすい、なにより香りと味わいの素晴らしい蕎麦。
日が少し斜めになりかけたのんびりした通りを
ごとんごとんと眠くなりそうなスピードで江ノ電が走りすぎてゆく。
いいですねぇ〜、
今日は来て良かったですねぇ〜〜
さて先刻から気になってたまらないのは本日のお宝・生しらすさんを
いつどのように食べるかということ。
口の中がしらす味になってしまうとお蕎麦さんと今まで通りには仲良くできないので
タイミングについては真剣にならなくてはいけないのだが、
もう私待てません、いきますよ!

まずはお蕎麦なしで食べてみて、
うーんさすがにおいしい。
しかしやっぱりお蕎麦と一緒にも食べてみたい。
うーん、でももったいないな、
こんなに薫ってくれるお蕎麦はお蕎麦だけで食べたいな。
でも生しらすはお蕎麦と食べたいな。
というアホな葛藤を乗り越えて、
生しらすとおろしを蕎麦つゆに投入して一口。
あらま
おいしーーーーーい!!!
おいっしーーーーーい!!!
うるさい落ち着け!と言われそうだが
私としては2回でやめたのを褒めて欲しいくらいである。
「生しらすおろしせいろ」というものがこんなに美味しいとは・・・
このあたりの定食屋や鮨屋はこの季節、
名物のように競って「生しらす丼」という幟を掲げ
観光客が行列したりもしているが、
わたしとしては生しらすはご飯とだと今ひとつバランスがよくないような気がする。
ご飯に対してしらすが物足りないような、
かといってそんなにしらすばかり大量に食べたくないような。
それに引き替え「生しらすせいろ」は素晴らしい!
蕎麦だと生しらすが口中で程よく散り、風味が全体にうまくひろがるのだ。
おろしが入っているというのも、
私にとっては惚れ薬が入っているのに近い効果があるのだと思うが・・・
種物も大好きなのに蕎麦が好きすぎてせいろしか頼めず
いつもメニューを見ては心千々に乱れる私の苦しみが、
また一つ深まってしまった湘南の午後であった。